高座本 2015・5・29(金)演読 落語事始

 有難亭真仮名が、

 [五百羅漢]を上げて、高座本に連載をしている「落語事始」に、熱く演読を
取り上げてくれた。
 演読の薦めとして、ここへ転載する。

☆ 真仮名の「落語事始」十六 [五百羅漢]   噺っ子連・有難亭 まかな真仮名
                                          (2015・5・28)
 今年(二〇一五)の初め、紀伊国屋寄席で圓窓師匠の[五百羅漢]を聴いた。
背筋がピンッと伸びるようなさわやかな風が体中に吹いたのを覚えている。色の
ある噺。最後に親子が虹を描いた光景がそう思わせたのだろうか。時が経てば
経つほど、稽古を重ねれば重ねるほど、その色は濃くなり物語の世界がクッキリ
と浮かび上がってきた。
 この噺を稽古して一番体感したのは、言葉に感情を乗せるのではなく、登場人
物の感情が自然と口から出てきたということ。心を込めた演読の繰り返しで、登
場人物と深く対話し、理屈ではない人間の心情を自分なりに掴めめたのではな
いかと思っている。だから稽古をするたびに、同じ台詞でも感情の入れ方が異な
ることもあったし、これが演じる面白さと難しさであると感じた。
 また、演者は物語の展開を知っているが、噺の中の登場人物にとっては一言
一言が今であり、未来に続く。だから今を演じることを心掛けた。それまで夫婦が
生きてきた人生、八百屋の清二が江戸の町で迷い子と出会う場面、台詞にはない
物語の背景を思い描くことも努めた。
 口演時間は二十五分。その中に登場人物の笑い・涙・喜び・驚き・・いろいろな
思いが交差する。時間軸も変わる。一つの感情に引きずられることなく、一瞬一瞬
を演じることが落語なのだろう。
  [五百羅漢]は、これまで聴いた、そして稽古した噺の中で一番心に残る。また
一つ、落語が好きになった。もっともっと稽古して、多くを学びたい。

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