落語の授業 2015・1・28(水)横浜市立中川西小学校。晴れ、71キロ

 落語の授業、

 横浜市立中川西小学校3クラス、100人ほど。
 窓輝を連れて、自運転者で。
 
 校舎がなんとなく、見たことのあるような造り。
 校長室へ通されると、見覚えのある顔。
 あたしの落語の授業では始めての学校のはずなのだが、念のために、
「あたし、初めてですよね、この学校は…」と訊くと、

 「実は、私はここへ来る前、十日市場小学校の副校長でした」
 「あ、そうか、、、道理で、、、」
 なんだか、面食らった気分で仕度。

 4年の担任の一人、しっかりした撫子タイプの稲垣教師。
 「師匠の出した本、〔落語の授業〕と〔日本人なら知らなくちゃぁ、、、〕を買って読みました。
それに基付いて私なりの落語の授業をやってきました」とあたしの心を擽るようなことを
言うではないか。
 あたしの本を購入してまで授業に取り組む教師は、そうはいないのが現状。
 「なら児童ものってくるな」と期待したら、案の定、明るいいい反応の連続。

 窓輝が[ぞろぞろ]のライブを演っている間に廊下へ出て、壁の新聞や貼り紙を
見ていたら、聞こえてくるピアノの音。
 落語の授業の隣が音楽室で、そこから漏れてきているようだ。
 戸のガラスを通して覗くと児童はいなくて、教師であろう、一人でピアノに向って
練習をしているらしい。

 旋律の中にチャイムのようなフレーズがあったので、ちょいと気になってしばらく聞いていた。
 いい曲である。クラシックではなさそうなことはなんとなくわかった。
 その内に窓輝のライブを終ったので、教室に入って最後のコーナーである
児童の高座体験を始めた。

 落語の授業が終って、校長室で着替えをしながら、担任の稲垣教師に「廊下で聞き惚れて
しまったあの曲のことを知りたいんだが…」と言うと、その教師を呼んでくれた。
 佐藤紀子という音楽教師。
 
 「いい曲ですね。聞き惚れましたよ」
 「聞いていただいて光栄です。素晴らしい先生の曲で、〔最後のチャイム〕。
卒業式に歌う曲なんです。私は今年この学校へ来た者で、練習をしていました。
譜面を差し上げます」

 貰っても譜面は読めないが、歌詞は読める。
 帰宅して、目にした。
 音に対してのいい脳細胞は持ち合わせてないので、旋律はほとんど浮かんで
こなかったが、チャイムの音は頭を打ち付けだした。
 ジーンときた、、、、、、。
 作詞、山本恵三子。作曲、若松歓の文字が歪んであたしの目に入ろうとしてくれている。

 卒業式のライブでこの曲を聞いてみたい、とふと思った。

この記事へのコメント

真仮名
2015年01月30日 21:03
圓窓師匠へ

耕作さんが、[最後のチャイム]が
YOU TUBEにUPされていると言っていたので
聴いてみました。
「寂しさを乗り越えて明日へ強く踏み出そう」
「さよならの向こうにはきっと何かが待っている」
この一説に何故かじんわり、じんわり。。。
子どもの透明感ある声で歌われると
なおさらホロっとしてしまいますね。。。
泣き虫キャラではなかったのですが・・
落語の稽古を始めてから・・だめですね・・・(笑)
どうでもいいことですが、ギックリ腰になりました。。
とほほ・・・・・・・。
圓窓
2015年01月31日 16:23
真仮名(まかな)さんへ。

>> [最後のチャイム]、聴いてみました。
泣き虫キャラではなかったのですが・・ほろり。
落語の稽古を始めてから・・だめですね・・・(笑)

  人として感情に触れることが出来てきたんだよ。いいことだ。

>>どうでもいいことですが、ギックリ腰になりました。とほほ・・・・・・・。

  階段を落ちて、「腰は青アザ」と言ってたね。そこがギックリかい、、、。
  おいおい。今年は最後の「チャイム」ならぬ、最後の「チャンス」のはずでしょ?(笑)
真仮名

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