一門会 2013・9・21(土) 余話。[お膳の幽霊]

 この噺の所感、

 「竃を膳に置き換えた謂れ」  圓窓 記 2013・9・21

 2013・9・3日の圓窓一門会にはテーマを「勝つか、負けるか」とし、吉窓は自分の出し物を[竃幽霊]に決めた。
 そこで、あたしは「竃は死語だし、他の道具にしたらどうだい」と提案をした。
 というのは、この噺、竃だからこそ、こういう展開になった、というものもなく、ただ、博打好きの左官屋が
拵えたというだけのもの。ならば、他の物でもよいではないか、というのが自論。

 今日まで、竃以外の道具にした噺家はいない。誰もが、「昔は台所には必ず竃という物があってーー」
とマクラでたらたらと解説をしてから本題に入っていった。他の物にすれば、マクラからスーッと、この噺に入れるのだ。

 そんなことを吉窓に言い足して、改良をうなが促した。
 同時に、あたしも改良の作業を始めた。「師匠は他人に言うだけであって、実行しないのか」と
非難されるのも片腹痛いので、竃を膳に置き換えての[お膳の幽霊]を創り上げた。それが、この高座本
[お膳の幽霊]である。

 その間、吉窓から「なかなか難しい」とか、「壁にぶち当たっています」とかの、感想でもいい、
愚痴でもいい、言ってくるかと密やかに期待をしていたのだが、音なしであった。

 そうなると、当日が楽しみになる。プログラムには[竃幽霊]になっているが、高座では「実は、
○○○でして」と改良の噺を演るのかと思ったが、結局は既成のままの[竃幽霊]をその日の高座に掛けていた。

 吉窓には、ゼロから新しいことをやりぬく才能はないのだろう。
 「こういう風にやりなさい」と言われれば人並みにはやるのだが、それ以上のものを発揮できない。
 
 人当たりは柔らかく、およそ、敵を作らない性格は結構ではあるが、それだけしかないのは困る。
 今では、落語界で指折りの寄席踊り手に成長してきたが、それ以外に、「さすが、吉窓だ」と言わせる、
他人にないものを創り出す意欲が欲しい。
 その行為が失敗に終ってもいい。その先も意欲を継続させていけば、いつか、良いものが生まれるはずである。

 一門会の当日、入場のお客さんに1号からの高座本を一冊ずつ進呈をしたのだが、[お膳の幽霊]を
受け取って読んだ方は、「はて?」と思ったことだろう。

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