高座 7月19日(土) 大銀座落語祭

 大銀座落語祭。[お節徳三郎 上・下]。

 会場は十字屋ホール。
 手代の徳三郎の純粋さを表現したかった。
 

この記事へのコメント

流三
2008年07月20日 08:25
時間の経つのに気がつかず、終わって我に帰ってみれば約1時間の長講。
幸運にも、前から2列目中央の席で拝聴させていただくことができました。
別々に演じられている「花見小僧」から「刀屋」へのさりげない場面転換に驚き、楽しみにしていた「第3のオチ」に感服しました。
師匠が表現したかったと仰る徳三郎の純粋さやひたむきさのみならず、オチにもからむおせつの父親の潔さも新鮮でした。
噺の中での「真田小僧みたい」「道具屋みたい」というくすぐりは、落語好きにはたまらないくすぐりで、会場爆笑でした。
師匠のオチは「鰍沢」でも使えそうですね。
至福の時間をありがとうございました。
圓窓
2008年07月20日 13:19
流三さんへ。

>> 「花見小僧」から「刀屋」へのさりげない場面転換、

  落語(噺)は講釈とは違って会話で進行する話芸です。ですから、落語は「ト書き」は少ないほうがいいのです。それだけに、聞き手の思い描く能力が必要になってくるのです。それがない人にはあたしの落語は理解でないでしょうね、きっと。(笑)
 流三さんにはその妙味がわかってもらえて嬉しいです。
圓窓
2008年07月20日 13:20
流三さんへ。

>> 楽しみにしていた「第3のオチ」に感服しました。

  これは15年ほど前に工夫しまして、[鰍沢]でも使用したことがあります。

>> 徳三郎の純粋さやひたむきさのみならず、

  それがないとやっていて張り合いがありません。徳三郎がただ助平だったというのではねぇ、、、、。(笑)  
 大金持ちの娘(お節)を慕って、貧乏な徳三郎が竹筒の貯金箱にコツコツ小銭を溜めていた、という演出を凝らしてみました。泣いちゃいますよ、この徳三郎には、、、。

>> オチにもからむおせつの父親の潔さも新鮮でした。

 父親にもそれを理解してもらいたかったのが、演者としての了見です。

>> 噺の中での「真田小僧みたい」「道具屋みたい」というくすぐりは、

  あたしも好きです。(笑)一種のパロディーかな、、、、。

>> 至福の時間をありがとうございました。

 あたしも新しい徳三郎像が表現できて「至福の時」でした、、、。

圓窓
2008年07月20日 13:27
 客席に窓門会、落語っ子連の顔がちらほらしてまして、気が抜けませんでした。
 ありがとう。
                  圓窓
まど音
2008年07月20日 19:08
はい!わたくしは後ろから2番目の真ん中で、聴かせていただきましたが、前の人が大きな人でしたので師匠から見えたかな?と思っていました。
いつも同じ感想で申し訳ありませんが、また例によって御芝居を観ているような気分で楽しませていただきました。
全くはじめてのお噺でしたので師匠の工夫箇所がわからなくて、すみませんでした~~。

14日の紀国屋落語会の「座禅の遊び」も初めてのつもりで伺ったのですが、こちらは、あ!この噺どこかで聴いた!と途中で気がつきました。どなただったのでしょう?

師匠のお噺は本当に落語時間の相対性理論(?)ですね。引き込まれます。


圓窓
2008年07月20日 21:01
まど音さんへ。

>> 全くはじめてのお噺でしたので師匠の工夫箇所がわからなくて、すみませんでした~~。

 末永く付き合ってくださいませ、、。(笑)

>> 「座禅の遊び」も初めてのつもりで伺ったのですが、こちらは、あ!この噺どこかで聴いた!と途中で気がつきました。

  あたしの創作でまだ人には教えていないので、やり手はいないと思います。
 原作は狂言の「花子」です。それを歌舞伎は「身代わり坐禅」として演っています。
 それを思いだしたんではないのかなぁぁぁ。
どなただったのでしょう?

師匠のお噺は本当に落語時間の相対性理論(?)ですね。引き込まれます。


まど音

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