今日の出来事 4月7日 町内の親子

 自転車で町内の郵便局へ。

 町内の大島屋という肉卸し商の側の道を小学校低学年の女の子が一人、
泣きながら歩いている。
 雨はやんでいたが、見逃すわけにはいかない。
 自転車から降りて、「どうしたの?」と訊いたが、泣くばかり。
「お家はどこ?」。やはり、泣くばかり。

 すると、肉卸し商の人なのか、出入りの人なのか、道へ出てきて「ああ、
前の家の子だよ。青い車の置いてある家だ」。
 なるほど、その色の車がガレージに納まっている。

 再び、「どうしたの?」と訊きと、「学校から帰ってきたら、ママがいないの」
「ドアーは閉まってて、入れないの」としゃくりあげながら、やっと答えてくれた。
 ああ、親を捜しに行こうと、泣きながら歩いていたんだな、と理解して、ひょい
とその子が付けている札を見ると、「要小」と記してある。

「学校は要小だね。おじちゃんも要小だよ。先生の名前は?」と訊くと、
答えない。
 ああそうか。普段から「見知らぬ人から声を掛けられても返事をするんじゃ
ないよ。付いていくんじゃないよ」と教えられているから、用心をしているだな、
と気が付いた。

 その子はまた歩き出した。あたしはとめた。
 「ママを捜しに行くの? 行かないで、お家の前にいな。おじさんもママが
帰ってくるまで一緒にいてやるから」

 このまま、あたしがこの場を去るわけにはいかなくなった。
 そのあと、一人でさまよったこの子に事故や事件がふりかかったら、「あたしは
その子を見ました。声をかけました」だけではすまされない。
 拙宅へ携電をして女房にこのことを伝えた。
 「女に引っかかってんだね」
 「手数のかかる路頭に迷った女の子さ。警察に知らせようか」
 「返ってあとで、なんで大騒ぎするのって、逆恨みを買うことがあるのよ。
もう少しまったら」
 「でも、郵便局へ行くのが遅くなる」
 「いいじゃないの、少しぐらい。あなたが来るのを郵便局は首を長くして待って
ないわよ」
 「そりゃそうだ。じゃぁ12時までここで待つか。過ぎたら、また電話する」
   
 携電を切って、路上でその子になんどか問いかけているうちに、ぼつぼつ
話し始めてくれた。
 「学校に11時半に迎えにくることになっていたのに、ママはこなかった」
 「何年生?」
 「二年生」
 「じゃ、遅くなったママは今ごろ学校にいるよ。おじちゃんと一緒に学校へ
戻ろうか」
 「いい」
 
 また一人で歩き出そうとした。
 「ここにいなさい。一人で行くと危ないから。ね。名前はなんというの」
 訊くと、首を振って答えない。
「じゃぁ、上の名前をおじさんが当てようか。○○さんだね」
 と、その子、初めて顔の表情を変えて、不思議そうな顔をして、
「どうして、知ってんの?」
「郵便受けに○○って、書いてあるじゃん」
 その子がやっと二ヤッと笑った。その笑顔の可愛いこと。
「じゃ、下の名前を教えて?」
「△△」
「いい名前だね。漢字で書くと?」
 その子は自分から進んで家の壁に指で漢字を書いてみせた。
「えらいね。ちゃんと書けるんだ。大人の字だよ、それ」
 話が途切れると、歩き出そうとするので、いろんな話題で繋ぐのが大変だ。
まさか、〈落語の中の教育論〉を語るわけにはいかない。
 その子は、奥へ入って、念のためなのか、ドアーをあけようとしている。
やはり開かないようだ。

 その間、あたしは路上に立って頻繁に左右を見ながら、母親の現れるのを
待った。
 やっと12時になったときだ。小走りにやってきたのがママらしい女性。
 あたしから声をかけた。
「お母さん? お嬢さんが泣いてたから、30分ほど一緒に待っていたよ」
 すると、そのお母さん。自宅に近付きながら怖そうな顔をあたしに向けて、
「どちらさんですか?」と詰問のような口調で言ってきた。
 あたしは、笑顔を作りながら「近所の者ですが」と答えた。

 そのお母さんはあたしの言葉には返事もせず、奥のドアーの前にいる子供に
駆け寄って、ドアーをあけて子供と一緒に中へ入ってしまった。
 あたしは、これで一安心と、女房に携電を入れて、母親の戻りを伝えて、
電話を切った。
 しかし、どうも腑に落ちない。なにかが欠けている。こんなことでいいのかしら
……?
 その原因が、わかった……。その母親はあたしに対して「どちらの方
ですか?」の言葉だけで他になにも言ってないのだ。
 あたしの心の中は「ありがとうございます」の一言がほしかったのだろう。

 あたしも母親の気持ちはわかる。自宅の前にわが子と見知らぬ老人が
一緒にいれば、不審に思うだろう。あるいは変質者とも思うだろう。当然だ。
 あたしにしても、ことの次第を事細かに母親に説明することもなかろうと、
「お母さん? お嬢さんが泣いてたから、30分ほど一緒に待っていたよ」
「近所の者ですが」と言っただけだ。
 しかし、母親にとってみるとそれだけでは不審感は拭えないだろう。
この老人は親切にもうちの子を心配して、あたしの現れるまで、一緒にいて
くれたのだ、とは想像すら出来ないだろう。
 その子だって、あたしに恩を感じて、母親に経緯を話す、なんてこともないだろう。

 ああぁぁぁ……。悪いほうへ、悪いほうへと転がっていくようだ。
 母親に恨みつらみはないが、あたしはこのままじゃ悪者になりそうだ。

 郵便局から帰宅して、女房にこの話をすると、
「当然よ、母親に疑られて」
「でも、その母親とは今日始めてあっただけだよ。それも瞬間みたいなもんで」
「長年付き合っても、不審者は不審者」
「よせよ」

 要小学校の関連者のみなさん。
 圓窓は不審者、変質者でないことを証明してください。(笑)

この記事へのコメント

リッキー
2008年04月07日 20:21
残念ながら、母親には伝わらなかったかもしれませんが、女の子は、師匠の優しさを覚えていますよ。
圓窓
2008年04月07日 21:34
リッキーさんへ。

>> 残念ながら、母親には伝わらなかったかもしれませんが、女の子は、師匠の優しさを覚えていますよ。

  ありがとう。
  あたしもそう思っています。
  それが、せめてもの、、、、です。
                 圓窓
与太子
2008年04月07日 22:36
私も同じような経験をした事があります。 
世の中悪い事件ばかりで親御さんが怪しい人や変な人と思って警戒するのもわかるから、あ~あ悲しい現実だなとさみしい気持ちになりました。
今はあまりに「情け」の通用しない世の中で、お互いに信頼できず、ギスギスしてストレスのたまる人間関係になってしまっていますね。
「もぉ知ったこっちゃねぇやい!」と思ってしまいますが...でも...また同じ様な場面に遭遇したら、きっと師匠は同じ行動をなさるんでしょうね。だからこそ、だからこそ、日本中の人が「叩き蟹」を聴いてくれたらいいなぁ...
圓窓
2008年04月07日 22:48
与太子さんへ。

>> 私も同じような経験をした事があります。あ~あ悲しい現実だなとさみしい気持ちになりました。

  やっぱり、、、、。
  あたし一人じゃないんだ、、、、。

>> 「もぉ知ったこっちゃねぇやい!」と思ってしまいますが...でも...また同じ様な場面に遭遇したら、きっと師匠は同じ行動をなさるんでしょうね。

  そうだと思います。
  だって、子たちは可愛いもの。事故、事件に巻き込みたくないもの。

>> だからこそ、だからこそ、日本中の人が「叩き蟹」を聴いてくれたらいいなぁ...

  ありがとう。
  このコメント、あたしを泣かしています、、、。ありがとう。
窓蕗
2008年04月08日 01:46
うわぁ~!アタシだったらその母親に小言パンチですよ!そんなにテメェの子が大切なんだったら首にナワでもつけときやがれ!ってぇ思っちゃいます。世の中ミンナいっぱいいっぱいなんですかねぇ...アタシも全然「練れてない」です。目指せ「左甚五郎」なんですけどねぇ...(^_^;)
圓窓
2008年04月08日 02:02
窓蕗さんへ。

>> うわぁ~!アタシだったらその母親に小言パンチですよ!

  怒れば物事が解決するとは限らないし、、、難しいよね。

>> アタシも全然「練れてない」です。目指せ「左甚五郎」なんですけどねぇ...

  練れている人間なんて現実にいませんよ。
みな同じように長所短所を持っていて、それをお互いが認め合って幸せになるんじゃないかな、、、、って、まるっきり練れてないあたしは考える。
 考えは一流ですが、その行動は二流、三流です、あたしは、、。
                圓窓

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